世界を食べたキミは無敵。

小さい頃おいしゃさんごっこをして遊んでいて、いつか大人になってもずっと続けている、そんな人生

明かりを消して、耳をすまして、五感を研ぎ澄ませて輪郭をなぞる

少し前のはなしだけれど、映画『渇き。』を観た。

男たちの暴力と欲望の渦巻く混沌の中で、ヒロイン・加奈子の美しさが一際輝いている映画だった。加奈子は物語の中で『美しさ』と『悪』の象徴だった。おそらく意図的に、加奈子に関する細かい描写はされていなかった。とにかく『美しさ』と『悪』のみの加奈子。登場人物が加奈子について語るとき、あるいは加奈子が登場するシーンにおいて、『いかに彼女が美しいか』『いかに彼女が悪であるか』がひたすら強調されていた。

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『渇き。』は加奈子に翻弄される人々の話なのだけれど、加奈子が実際に出てくるシーンは少なく、私たち観客は加奈子の父とともに加奈子が残していった跡をたどっていき、彼女のカケラを集めながら『加奈子はどんな人物だったのか』を想像してゆく。彼女のカケラといっても、それは加奈子本体のカケラではなく、加奈子の付属品たちのカケラだ。加奈子の輪郭のパーツを集めてゆくことで、本体の形を推測してゆく。例えるならばそれは、直接描くのではなく、縁取りを切り出すことによって表現したいものをあらわす、切り絵のように。

私たちは加奈子に関して断片的な情報しか得られないため、もっともっと加奈子について知りたいと思ってしまう。秘密は、好奇心を掻き立てるのだ。

 

 

こんな風に、核となる人物とその周囲の人たちがいて、核となる人物をめぐっておこる周囲の人たちの物語というと、いくえみ綾の『潔く柔く』や、くらもちふさこの『チープスリル』を思い出した。

潔く柔く』はヒロイン・カンナ(とハルタ)をめぐるたくさんの人物の人生物語だったし、『チープスリル』はウメちゃんという男の子をめぐる3人の女の子の恋物語だった。

 

これら2つの漫画の主人公たちと、『渇き。』の加奈子の3人に共通するキイワードは『沈黙』だ。

 

カンナも、ウメちゃんも、加奈子も、主人公なのにほとんど自分のことを話さないし、ストーリーの中での実際の登場シーンも少ない。彼らの存在はほとんどすべて、周りの人物によって語られる。(たぶん、こういう物語ってほかにもたくさんある。)

 

彼らは、『沈黙』をつかうのが巧い。沈黙によって作られる秘密のベールが、彼らをぼやかし、私たちに『もっとよく知りたい』と思わせる。キラキラ光るシルクのベールをめくって、その下に隠れている真実の顔を暴きたくなるのだ。

 

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『沈黙』は、私の内にある光を消す。そして、私を縁取る背景を際立たせる。明るすぎてみえなかった小さなバックボーンも浮き上がらせる。

けれど、沈黙することって、ちょっと怖い。しゃべって、動いて、『ここに私がいる』と証明し続けないと、本当に自分が存在しているのか、確かにここにいるのか分からなくなってしまいそうだから。

何かを動かして、誰かに働きかけていないと、自分の存在する意味に疑問を持ってしまいそうだから。

でも、川の中に沈むもの言わぬ石がその水の流れを変えているように、そこにいるだけで確かに周りに影響を及ぼしている。なにも言わずとも、『存在』している。

怖がらないで、少し、『沈黙』してみると、静かになった水面がどんな流れでできているのかが見えてくる。そうして、自分が周りにどんな影響を与えているのかを、静かに、考えることができる。

たまには『沈黙』してみて、自分をめぐる人やものたちに思いをめぐらせてみるのもいいかもしれない。

 

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目を凝らして、耳をすませて、五感を研ぎ澄まして、自分が投げた石のゆくえを追ってみる。投げる石のかたち、投げるフォームも大事だけれど、投げた後、その石が水面にどんな波紋を作り出すのかをようく見てみる。波紋はどこまで広がってゆくのか?ほかの波紋と干渉していないか?波紋の広がりを邪魔するものはなにか?

 

沈黙の時間こそ、自分と向き合うチャンスだ。沈黙は、それが作る秘密のベールによってその人を魅力的にし、沈黙は、自分がどんな影響を与えているのかを知ることで自分をめぐる物語を教えてくれる。

 

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いつだって、わたしの人生はわたしが主人公で、あなたの人生はあなたが主人公だ。

あなたを中心に、今日もあなたをめぐる物語が繰り広げられている。

泣いて、笑って、悩んで、起きて、めくるめく毎日が、今日も明日も明後日も続いてゆく。

なんだか、映画の主人公になったみたいだ。