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世界を食べたキミは無敵。

小さい頃おいしゃさんごっこをして遊んでいて、いつか大人になってもずっと続けている、そんな人生

このブログ、コピペじゃないです。

こんにちは鈴木あかめです。

はてなブックマークはてブと呼ばれているもの、たまに私の拙いエントリーにもつけてくださる方がいらっしゃって、感謝しています。いろんな視点から自分のエントリーをみれて勉強になります。スタアをつけて感謝をあらわすのですが、返信とかしたくなります。それくらい嬉しい。

こないだ『一人称が変わったり文章の癖が違ったりコピペなのかなと思ってしまう

というはてブを頂いて、これは……!と思ったので書きます、これは……!というか、これは訂正したほうがいいのではないかと思うので書きます。このブログ、コピペじゃないです。ぜんぶ私が書いています。ぜんぶ、私が経験したこと考えたことです。誰かから聞いたことをあたかも私が経験したかのように書いているものもありません。というかコピペだと思ってる方ってどのくらいいるんだろう?たくさんいるのかな。それか『もしやコピペなんじゃ・・』くらいは思っている方結構いるのかな。コピペじゃないです。私が書いてる。私が書いております!鈴木あかめが書いております!と選挙カーにのって握手してまわりたい。そのくらい言いたいです。

 

自分の文体が日によって違うことは意識しているんですけど、文章の癖っていうのはその人の筆跡みたいなもので意図的に変えられないものだと思っていたから、文章の癖が違うというのは少し驚きました。そうなのかな…。あと一人称はいつも私かわたしだと思うんですけど、僕、とかなんて使ったかな?ボクっ娘ではないはずなのだけれども?

 

 

 

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文体は、おおまかに2つのパラメーターがあって、『ですます文調か、だである文調か』とうのと『下書きがあるかないか』で書き方が変わってる気がする。

 

・下書きあり、ですます文調(ゆっくり、丁寧、ぼんやり)・・とある とげとげした 女医さんのはなし

・下書きあり、だである文章(ゆっくり、淡々)・・選んで、選んで、落とし穴に落ちる

・下書きなし、ですます文調(まわりくどい)・・丁寧に生きることについて、卵焼きを焼きながら考えてみた

・下書きなし、だである文調(早い、すべるような文章)・・女の人生いろいろ

 

自分の中で決まった文体がなくって、その日書こうと思った話がどっちの文調の方がしっくりくるかっていうのを少し考えて、あとは、気分。気分だ。あ、あと、もうひとつ大きな要素があって、それは直近に読んだ誰かのブログや本の文章の影響をとても受けている、と思う。

 

下書きがない日は、パソコンの前に座ってよし、とキーボードに手を置いて手が勝手に動いてくれるのを待つんですけれど、勝手に動いてくれない日は頭で考えて文章打つことになってそういう日はたいてい駄文になる。いつも駄文なんですけど、より一層読みにくい文章になる。公開して読み直した後、勢いないなー読みにくいなーと思って消したくなる。けど消さない。これははてなブログで、『書き残そう、あなたの人生の物語。』だから。というのは半分は嘘で、半分はもったいない精神が浮かんで消せないのです。

 

けれど、例えばずっとこのブログを読んで下さっている方がいたとしても、これを1人の人間が書いていると思わないということだから少し悲しい気がしてきた。ブログって、たいてい1人の人間が書いているから、エントリーを重ねていくとなんとなく似通ったテーマとか書き手の癖とかが浮かび上がって、その書き手がどういった人間なのかというのがイメージされるのが醍醐味だと思う。特に定期購読しているとそういった2.5次元のイメージができて、それがブログの面白さだと思うんですけど、読んでても『鈴木あかめってこういう人間なんだ。』ってイメージされないのかあ、と思うと少し悲しい。どうしたらいいのかと思うけど、いい方法が思い浮かばないから、とりあえずエントリーを重ねていこうと思う。

 

一周まわってポジティブに考えたら、コピペってある程度魅力的な文章じゃないとしないはずで、そういう意味では少しは喜んでいいのだろうか。というか、そもそも、初めから褒め言葉の意味でコメントしてくださったのかもしれない……!そうか、それならいいや、うん、そう思うことにしよう。