世界を食べたキミは無敵。

小さい頃おいしゃさんごっこをして遊んでいて、いつか大人になってもずっと続けている、そんな人生

今だから言える、センター試験の話

世間ではセンター試験みたいだ。

わたしがセンター試験を受けたのも、かれこれ8年前のことになる。あの頃と問題形式や配点、出題範囲は変わってしまったりしているのだろうか。

わたしが受けたセンター試験の日は、代々言われてきていたように、寒い日だった、雪が降っていたかどうかは覚えていないけれど、ホッカイロを数個カバンに詰め込んでいったのを覚えている。

自分がセンター試験を受けたころは、自分も家族も、学校も、友達も、塾の先生も、みんなそろって\センター試験!!/といっていたから、世間はこぞってみんなセンター試験を話題にしているものかと思ったけれど、それから1年経ってまったくそんな事はないということに気が付いた。成人式のときもそうだった。いつだって人間は、自分を中心に考えがちなのだ。

けれど、こうしてセンター試験のことを書いているだけで、わたしは身体が震えてしまうくらい、今でも思いだすと、緊張するというか、武者震いみたいなふるえがでるほど、センター試験の日のことはよく覚えている。センター試験は、確かにそのくらい、大切な日だった。

 

甲子園には魔物が住んでいるというけれど、センター試験にも、魔物が住んでいる。

それは、なぜか、どの年にもあらわれるようで、自分が気を付けていても防ぎようのない魔物が、忌まわしきセンター試験の問題製作者によって、試験用紙上に放たれているようだ。わたしが受けた年は、1匹は確か、英語に住んでいた。配られた問題用紙が例年の3倍以上の厚みがあった。普段の模試で配られるような厚みではなく、なんかすごく異様に厚い。しん・・とした教室の中、誰も声にはださないけれど、みんな分厚すぎる問題用紙を目の前にして『・・・・????』となっていた。

わたしは考えた、問題用紙が厚いということは、それはつまるところ、問題文が例年より増やされたということに他ならない。普段のペースで問題を解いたのでは時間が足りなくなってしまうのは明らかだ。ということは、簡単そうな問題から選別して解いていかなくてはならない、けれどおそらくこれほど問題文が増えたということは今まで出されたことのない新たな問題形式が付け加えられているに違いない、つまり新問題が追加されているに違いない、まずはその例年にはなかった『新問題』をみつけてその難易度の判断をしよう、センター試験は『大多数が正解する問題を落とさない』ことが重要だ、みんながつまづくとしたらそれは『新問題』、そこが難しければためらわずに後回し、そこが簡単そうなら心を落ち着かせるために新問題から解こう、わたしは『はじめ』の合図の前にこのことを考え、ひとまず試験が始まったら、全ページにざっと目を通すことから始めた。

 

センター試験では、何が起こるかわからない。普段と違うことが起きる可能性だって十分にある。その難易度を冷静に判断することが重要かな、って思う。特に新しい問題というのは、みんなびびるし、正答率は普段よりも落ちるはず、パニックにならずに『きっとみんなできてないでしょう・・・』って冷静になることが大事かなって思う。

センター試験は今でも青本と呼ばれる問題集で勉強しているのだろうか。わたしは特にセンター試験の勉強はしなくって、二次試験の勉強をしていればセンター試験は解けると教わっていたから青本を解いたのはセンター試験の直前の1ヶ月前くらいで、ささっと目を通した位だった。センターで8割、9割を目指しているひとなら、センター試験では、正答率を意識したらいいと思う。問題を解いてみて、この問題なら正答率はこのくらいかな、と予測してみるのだ。それがだいたい当たるようになると、見たことない問題、難しいと思える問題も、あ、これは多分正答率が悪いなと、かなりの自信を持って思えるようになるだろう、そうすると少し落ち着けると思う。これはすごく大切なことで、いくら9割目指していても1問2問落としたって大丈夫、それよりそれに引きずられて解ける問題を落としてしまうのが問題だ。

 

あとわたしの年のもう1匹は、英語のリスニングにいたらしい。わたしは気づかなかったのだけれど、リスニングでの音声に、出題者のすごく近い吐息が同時に吹き込まれていたらしい。たぶん、それに一回気づいちゃったらもうだめになっちゃうパターンの雑音だったようだ。わたしは幸運にもそれに気づかなかったからよかったけれど、気づいちゃった友達は、魔物に30分(だったかな?)追い回されたようだ。

 

それからというもの、例年のように、PAT様とか、スピンスピンスピンとかなんとか、いろんな魔物が性懲り無く放たれているみたいだ。受験生はほんとうにかわいそうに思う。今年は数ⅡBが鬼門だったようだ。だいじょうぶ、わたしたちの年も数ⅠAにちょっとした魔物がいてわたしは予想点数の2/3しか取れない大誤算が起きたけれど、それからおちこんだりもしたけれどわたしはげんきです。

 

 

 

センター試験を受ける、あの頃のわたしへ。

 

今だから言えるけれど、あなたのクラスのKくんは、センター成金長者になります。センター成金長者とは、普段の模試の予想より、運良く超いい点数をとる子のことです。こういうセンター成金長者も、ある意味センター試験の魔物かもしれません。

 

今だから言えるけれど、母の、医学部に入ったら何してもいい、という言葉は嘘です。手のひらを返したように、やっぱりうるさく口を挟んできます。もう高校3年生なんだから、自分のことは自分で責任をとりなさい。そんな言葉に自分の道を委ねているようでは、途中で路頭に迷います。それは自分で選んだ道、いつまでも母の言いなりになることが、親孝行ではありません。

 

今だから言えるけれど、センター試験で人生は決まりません。もしこれをセンター試験を受ける誰かが読んでくれたとしたら、もしかして、そんなの嘘だと思うかもしれません。大人はみんなそう言うけれど、このセンター試験で人生の大部分は決まるんだ、と思うかもしれません。かつてのわたしも、そう、思うでしょう。けれどこれはほんとうのこと、センター試験で人生は決まりません。確かにあなたが今から進む、ほんの少しの先に繋がる道は、センター試験で決まります。けれど、道はその先、とても長く長く続いています、今のあなたが想像なんて到底出来ないくらい長い道が、そしてその中では、予想もつかない出来事が、必ず起きます。一寸先は闇だし、棚からはぼた餅が落ちてくる、それが人生です。落ち込んでも、自分を否定されたように感じても、センター試験で測られるのはあくまで勉強の実力、人間性まで否定される訳ではありません。そこで心を強く持って、そこでぐっと耐えて、未来のあなたはきっと強くなる。

 

今だから言えるけれど、大事なことは何なのか、もう一度考えて欲しい。あなたにとって、ほんとうに大事なことはなんですか。あなたがほんとうにやりたいことはなんですか。センター試験で人生は決まらないけれど、ひとつの大きな区切りではあります。そこに来るまでの道のり、一歩一歩大切に歩んできましたか。その道のりは、意外と後から振り返るもので、意外とセンター試験の点数よりも、心の支えになるものです。もう目の前に門があるのなら、自分だけを信じて進むしかないです。でも門をひとつくぐっても、またその先には門があります。ひとつくぐったところで、体力がなくなってしまわないように、やる気がなくなってしまわないように、その先、ずっとずっと先を、見据えていてください。

 

 

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そうは言っても、今だから言えることは、今だから言えることなわけで。

偉そうなことを言ってみたものの、わたしの先にいる未来のわたしは、今のわたしをみて、今だから言えるけど…とかなんとか言っているのだろう。

 

受験生は、大人の言うことに耳を傾けず、自分だけを信じて後先考えずに突っ走ることができるパワーこそが強味‼︎だからこんな文章、素通りしちゃってください。

たぶん、予備校の先生なんかは、センター試験など通過点!勝負は二次試験なのだー‼︎とかなんとか言っている頃だろうし、大事なことはきっともう、自分でわかってるはず。

 

今のわたしも、もう少し先にいるわたしのために、次の門まで、一歩一歩大切に歩いていかないといけないな。

 

 

今年の受験生のみんなにすてきなサクラが咲きますように。

頑張れ受験生⁽⁽٩(๑˃̶͈̀ ᗨ ˂̶͈́)۶⁾⁾ 

 

トピック「センター試験」について

今週のお題「今だから言えること」