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世界を食べたキミは無敵。

小さい頃おいしゃさんごっこをして遊んでいて、いつか大人になってもずっと続けている、そんな人生

わたしが脳神経外科に進みたかった理由(内面対話)

仕事関係のこと 女医さんのこと

こころ、っていうものは、いったい体のどこにあるのだろう、という僕の質問に対して、

『そんなもの、決まっているじゃないか、脳、にあるのさ。脳は、君に起こるすべての事柄を感じ取って、すべての感情が沸き起こる源泉となっている、目、耳、舌、皮膚、はたまた腸管だって、すべては脳へシグナルを伝えるためのパイプ、のような存在に過ぎないのだよ。』

と君は僕の眼をまっすぐ見据えて言った。あの日の事を君は覚えているだろうか、僕はこんなにもはっきりと思い出せるくらい強烈な記憶として覚えているよ、あれはすごく寒い日のことだったんだ。君はダウンジャケットにマフラーを巻いてかなりの重装備だったのだけど、暖房のあまり効いていないあの寒い喫茶店で冷たいレモンスカッシュを頼んでいた。寒いのに冷たい飲み物を飲むんだね、と僕は口には出さなかったけれど思ったんだ。僕たちの座った席の傍の窓からは道路脇に植えられているイチョウの木が見えたのだけれど、もう幹には数えられるくらいの黄色い葉しか残っていなかった、地面にはいっぱいにイチョウの葉が落ちて散らばっていた。遠くから見たそれは、真っ黄色の美しい絨毯のようだったけれど、近くで見ると人が歩いたせいで、葉は汚く茶色に千切れ、銀杏があの独特なにおいを放っているのが見ているだけで感じられた。大抵のものは距離があればあるほど、綺麗に見えるものだ、というのは君の口癖だった。

『人間を、人間足らしめているのは、脳だ。』

そう、君はきっぱりと言った。結露で水滴まみれになっているレモンスカッシュのグラスを軽く傾けながら、やや僕から視線をそらして言った。ものすごく長い道のりを歩いてきたのだ、君の横顔が、そう、言っているように見える。事実、君はそうなのだろう、僕にも、君の家族にも、君のかつての恋人にも、全貌などとうてい理解できないような壮大な物語を歩いてきたのだろう。彼らは、その断片しか知らない。断片ひとつひとつは事実であってもそれらがどう繋ぎあっているのか、どう干渉しあっているのか、それは君自身しか知らないし、君も誰かに理解してもらおうと思ってなどいないことが、僕には分かる、でもそれが少し悲しくもあった。

ただ真っ直ぐにどこかを見つめている君の瞳の先には、おそらく実際には何もない、何もない空間を見つめて、君は自分の内面と対話している、静かに脳を見つめている。

そこにはなにがあるの、と僕は暖かいココアのマグカップをこちらに寄せながら聞いてみた。僕は寂しいんだよ、君はそこにあるものを見てなどいない、実際には無いものばかりを見ている、無いものばかりを追い求めている。手に入らないことなど初めから分かっているくせに、頬を赤らめながら駆けていくんだ、何もない場所へと、心を躍らせながら、周りなど目もくれずに。

 

『寂しがり屋なんだよ』

君は、先ほどの僕の質問に、ぽつりと答えた。君は相変わらず僕から視線をはずして、窓の外を見ている、僕も君の視線の先らしき場所を見てみたけれど、そこには羊雲が広がる青い空があるばかりだった。そう、いつもの事、君は質問に対してはっきりとした解答をくれない。君の昔からの会話の癖だ、捉えようによってはどうとも解釈できる様な曖昧な返事ばかりだ。君が言う『寂しがり屋』というのは、僕の事を指しているの、それとも君自身の事を言っているの。

『君って寂しがり屋なんだよ(だからそういう質問を僕に聞いてくるんだ)』

『僕って寂しがり屋なんだよ(だから遠くをみつめてしまう)』

どっちだったとしても、そう変わりはない、どうせ君にはこれ以上近づけないのだ、例え、僕がどんな質問をしても、例え、僕がどれだけの時間を、君と過ごしたとしても。ただ、僕ははっきりと言える、君はいつまでもその見えない何かを追い求めてゆくだろう、そして僕も、この命が尽きるまでずっと君の事を追い続ける、君が最期に何を見るのか、君が最期にどこへ辿り着くのか、それを見届けるために、僕は君を見守り続ける、これまでも、そしてこれからも、ずっと。約束しよう。僕ひとりきりの指切りだ。こんな事君にはとうてい言えやしない、そもそも君は興味など無いだろう、しかしあるいは、もしかしたら、君は気づいているのかもしれない、僕の気持ちに。けれど、僕の気持ちがどうであれ、そのことが君の行動を変えることは無いだろうし、僕も僕の意見を変えるつもりはない。外ではイチョウの木が、乾いた風に吹かれながらはらはらと黄色い葉を落としている、まだ誰にも踏みつけられていない真っ新な美しい葉だ。

そうだね、と僕は、限りなく君に興味のないふうをよそおって答えた、ココアの入ったマグカップは時間が経ってもまだ暖かく、僕はかじかんだ指先を温めるように両手でマグカップをぎゅっと強く握りしめた。そっと目を瞑って思う、僕だって、ずっと走り続けることができるのだ。

覚えているかい君は、またイチョウの季節がやってきたよ、こんな寒い日の出来事だったんだ。

 

 

【近況報告】

長らくブログの更新を怠っておりました。このブログを読んでくれている方はいらっしゃるのだろうか。いまわたしは卒後3年目をむかえ、脳神経外科医としての1歩を歩き始めております。結構多忙な毎日を送っていますが、ひまをみつけてまた書いていきたいと思います。コメントなど下さった方、返信できず申し訳ありません。わたしの尊敬するブロガーのひとり、id:inujinさん、背中を押してくださりありがとうございます。つたない文章でございますが、この文章をいぬじんさんに捧げます。