世界を食べたキミは無敵。

小さい頃おいしゃさんごっこをして遊んでいて、いつか大人になってもずっと続けている、そんな人生

寂しい病のおばあちゃんと、わたし

病棟の最上階に、長いこと入院しているおばあちゃんがいる。

青山さん(仮名)齢80歳、旦那さんは代々弁護士さんの家系だったらしく、ハイソな生活をしてきたおばあちゃんだ。ずっと旦那さんとは仲が良かったとみえて、お金にも愛情にも不自由ない人生を歩んできたようだ。愛に恵まれて生きてきたことが、表情にあらわれている。そうして旦那さんも自分も年を取り、老後は2人で仲良く綺麗な介護付きの施設に入所しようとしていたようだが、その矢先に旦那さんに先立たれてしまったらしい。青山おばあちゃんは、いま、愛情に飢えた毎日を送っている。もともと聡明な方で、本人はぼけてしまったと言っているけれどそんなことは無く、今でもしっかりされている。けれど身体にはガタが来てしまっているようで、足がむくんだりとか、膝や腰が痛かったりとかで、毎日病室とリハビリ室をいったりきたりの生活になってしまっている。実際のところ頑張ればもっと活動的な生活ができそうだが、どうやら旦那さんが亡くなってしまって、心がからっぽになってしまったようなのだ、もう、何もしたくない、早く旦那さんのところに行きたいと悲観的になってしまっている。貯蓄は十分にあるので病院にいる必要は必ずしもないのだけれど、『自分に合うお手伝いさんがみつからない』『つまらない老人ホームには入りたくない』と言って、かれこれ半年以上、この病院に居着いてしまっている。とはいっても病院でもスタッフがいつでも相手を出来るわけではないので、わたしは上司に『暇なときは話し相手になってあげてくれ』と言われ、時間がある時には病室へ行き、青山おばあちゃんの話し相手をしている。

青山おばあちゃんは、カルテの看護師さんの記録を見ると、『S(患者さんの言葉の意味):もう行っちゃうの。もう少しいてよ。さみしい。』と駄々をこねてしまっているようだ、本人も『私は寂しい病なのよ』と自分で言っている。寂しい病は、薬では治らない。わたしが30分行ったところで、『帰っちゃうときが寂しいから、もう来なくていい』と言い、いつも病室から出るときにはなんとも後ろ髪を引かれるような思いをしている。今日の青山おばあちゃんは『つまんない相撲ももう終わっちゃって、なにも見るものがなくなっちゃったわ』と言っていてわたしは少し笑った。『つまんない相撲でも、こうしてみている側はなんとなく動きがあって楽しいものね』。わたしは『相撲も結構面白いですよ。わたしは行司さんの動きを見ているのが好きです。』と言ったら、渋い顔をしていた。『でも日本人が弱くてどうしょうもないわね。』最近は下痢をしてしまったとかで、ご飯がおかゆになってしまったらしい。『おかゆになったとたんに量が倍くらいになって。もうお椀にこんなに盛られて運ばれてくるの。まずいのなんの。晩御飯が怖い。』といってまた悲痛な顔をしていた。『何か食べたいものがあれば買ってきますよ』とわたしが言うと、『せっかく用意してくれているものだから食べる。』と言っていた。青山おばあちゃんは、駄々っ子なのだ。わたしは、わがままなお嬢様の相手をしている執事の気分になる。でも青山おばあちゃんは優しい、本当のおばあちゃんと話しているようで、わたしが何を言っても肯定してくれる、そういうおばあちゃん独特のなにもかもを受け入れてくれる包容力がある。実際のところわたしは青山おばあちゃんに対してなんの診察も治療もしておらず(主治医は上司であり管理は上司がしている、青山おばあちゃんはVIPなのだ)、ただ話すためだけに病室へ行っている。青山おばあちゃんは、正直なところ、病院で治療が必要な病気を持っている訳ではない。けれどおそらく、病院では治療できない病気を持っている。そう、寂しい病だ。寂しい病は、どうにもよくならない。青山おばあちゃんの寂しい病を根本的に治療するのは不可能だとわたしは思っている。

じゃあ、わたしは何のために青山おばあちゃんのところへ行くのか?

そこに合理的な理由はないのかもしれない。青山おばあちゃんは少しの間だけれど話し相手が出来て嬉しく思ってくれてはいるかもしれない。そしてわたしの方はわたしの方で、自分のために行っているようにも思う、青山おばあちゃんのところへ行くときのわたしは、医者ではないのだ。鈴木あかめとして行っている。なので深いことは考えない。あまり深く考えると、こういうことは悲しい結論にいきつくことが解っている。

 

なんとも言えない切ない気持ちになったので、本屋さんで大量に本を買ってしまった。きょうは医学とは関係のない本を買うぞ、と決めていたのに、つい手に取ってしまった本が医学寄りなものばかりでつらい。

 

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左上から、『蝶々の纏足・風葬の教室/山田詠美』『何もかも憂鬱な夜に/中村文則』『99.9%が誤用の抗生物質/岩田健太郎』『すぐに役立つ脳神経外科救急ハンドブック/日本脳神経外科救急学会』『ゲスな女が、愛される。/心屋仁之助』『まどか26歳、研修医やってます!/水谷緑』『サブリミナル・マインド/下條信輔』『素数はなぜ人を惹きつけるのか/竹内薫』。

山田詠美さんの本は、id:letofoさんのブログで紹介されていて惹かれたので買ってみることにした。まどか26歳、研修医やってます!は、主人公の研修医の女の子が、上級医の厳しい外科医に『こんのド下手クソがー!雑!死ねっ!医者なんかやめちまえ!』と手術中のミスで怒鳴られているシーンをうっかり立ち読み中に見つけてしまい、思わず涙があふれそうになったのでやむを得ず買ってしまった、この研修医なんというわたし。けれどまどかちゃん(主人公)は『ちくしょーあそこまで言うことないじゃんよーーっ』とひとりやけ酒を飲んでおり、対して自信をなくしてしょんぼりしていたわたしに少し勇気を与えてくれた、見習うべきお手本は、本の中にいた。そうか、ちくしょー、って思って良かったんだ。

 

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件のシーン。これ実際にあるから怖い。非常にリアルなエピソードと、綺麗ごとじゃない包み隠さない女医の心情が描かれていて感動。でもこういう厳しい先生は得てして信条を持って仕事に命をかけており、患者さんからの信頼はばつぐんに厚い、くやしいけれど憧れなのだ。