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世界を食べたキミは無敵。

小さい頃おいしゃさんごっこをして遊んでいて、いつか大人になってもずっと続けている、そんな人生

(無題・2)

おやすみのこと 他愛もないこと

(無題) - 世界を食べたキミは無敵。からの続きです。

 

母は言った。『××君の時は、かわいそうだけれど、××君はここまでしか生きられない人間だったっていうか・・そういう、太く短くしか生きられない人生だったんだって、悲しいけれど思ってた。周りがどうしようと、××君は死んじゃってたって。でも、○○ちゃんのことは・・話を聞く限り、もしかして、周りの人なり、環境なり、なにかのめぐりあわせがよければ・・誰か一人でも、手を差し伸べてくれる人がいれば、変わったんじゃないかって。死ななかったんじゃないかって、思うよ。そう思うと、やりきれないね。』

 

 

夢をみた。

わたしはどこかの見知らぬ街の地下鉄の駅にいた。大きな駅にいたがそこがどこかは分からなかった。知らない街で知らないビルが建っていて知らない駅員さんがいた。駅員さんはわたしをどこかさらに遠い聞いたことのない街へ行かせようとしていた。夢だったのでわたしは何も不思議に思わずそれに従っていた。そしてわたしには使命が与えられておりなぜか他の乗客と殺し合いをしなくてはならないのだった。ポケットにはいつの間にか折り畳みナイフが入っていた。飛び道具でないことが残念だった、わたしの頭は正しい判断がなされていなかったのだ。ポケットに入ったナイフの使い方も知らないのに。

わたしは目の前に止まっていた電車に乗り込もうとしたが、そこにはかつての同期がいた。同期とは殺し合いをしたくなかった。反射的にわたしは『わたしこの後の電車に乗るから、先に乗っていって』と同期に言った。同期はわたしの気持ちを知ってか知らず出か、うん、と言ってさっさと止まっていた車両に乗り込んでいった、そうして先に行ってしまった。次に来た電車は終電だった。なぜだかは分からないけれど次の電車が終電ということになっていた、夢とはたいていそういう風に不条理や理不尽な条件が当たり前のこととして認識されている場所なのだ。わたしは、この電車が終電なのだから、これに乗らないといけないと自然に思っていた。終電の列車はなぜか屋根がなく、まるでジェットコースターのような車両になっていて、わたしは1両、2両ととまりかけていた車両を1台1台目で追っていった。そうして電車は止まり、最後尾の車両に乗り込もうとしたわたしは、その車両に鎖で繋がれるような形で繋がっていた、1台の船のような形をした列車をみつけた。それは前に来ていた車両とは明らかに形が違い、本物の船のようなものだった。船は茶色か、黒い色をしていた。船には2人の先客が乗っていた。それはすごく暗い船だった。わたしはその船に乗り込もうとしてその先客の顔を見て、凍り付いた。その先客の2人は、あの自殺した2人だったのだ。

『この船には乗ってはいけない』

そう直感した。

わたしは2人の顔に目を向けることなく、逃げるようにその船から降り、その船のような列車のひとつまえの車両に乗り込んだ。夢の中だったけれど、心臓がバクバクと鼓動を打っているのを感じた。『そういうことか』。夢の中でわたしは悟った。なにがそういうことなのかどうか分からないけれど、理不尽な夢の中では、それは確かに『そういうこと』であり、そう在るべき仕様だったのだ。その船はわたしの夢の中で、死者の乗る船だったのだ。わたしは『死者の乗る船』ではないジェットコースターのような車両に乗り込んだ。

そうしてすぐに場面が変わった。(正確にはその間にも何らかのストーリーが夢の中では進行していたのかもしれないが、わたしの記憶にある内容では、その間がすっぽり抜け落ちている。)

わたしは屋根のない、ジェットコースターのような車両に乗っていた。周りは木々が生い茂っている森のような場所を走っていたが、その木から伸びている枝は乗客から近い場所まで伸びており、手を伸ばせば容易に触ることが出来た。緑の葉を近くに感じ、風をうけて列車は走っていた。

隣には女の子が座っていた。女の子は気づかないうちに座っていたが、しかしおそらく彼女はずっとわたしの隣にいたような気がした。そう、黒くセミロングの髪をした女の子は、まぎれもなく、自殺した後輩だった。

(さっきまであの後ろの船にいたのに、いつの間にここへ移動してきたのだろう)

しかしそんな小さな疑問は夢の中ではすぐに消えて、わたしは彼女に話しかけていた。そうして、これは夢であると理解した。不条理で理不尽な夢の中でも、彼女がもうこの世にはいないということは、わたしには真実として解っていた。夢であるけれど、彼女と何か言葉を交わしたかった。何を話したのかは覚えていない。彼女は生前と変わらない、白い顔と泣きそうな笑顔で、わたしに話しかけてくれた。何を話したのかは覚えていない。けれど涙があふれて止まらなかった。泣きながらわたしは彼女と言葉を交わした。これは夢であると、そしてさらに言えば彼女がわたしの夢の中で発した言葉は、わたしの頭が作り出したに過ぎない言葉であるのに。辛かった。これは夢であると分かっていた。なぜこんな夢をみているのだろう。

 

現実の世界で、わたしは覚醒した。

悲惨な夢だった、慰めにもならないと思った。胃の中が鉛が入っているように重かった。何も変わらないいつもの憂鬱な朝が来ただけだった。さっきまで隣に彼女がいた、そういう気配は1ミリたりとも感じなかった。病院へは行きたくなかった。もう仕事をできるような精神状況ではない、人の死を、相手にするような病院では、今のわたしは潰れてしまいそうだった。とりあえず私は母親に電話し、一通りの夢の内容を話した。夢の内容をひとつひとつ話しているうちに、現実の世界のわたしも涙があふれてきた。母親は『きっと○○ちゃんが、会いに来てくれたんだよ』と言った。違う、そうじゃないんだよ。あれはわたしの頭が作り出した想像の産物なんだよ。ぼんやりしていた頭の中が少しずつ晴れてきて、現実感を徐々に取り戻してきたと同時に、涙もあふれるのを止めた。感傷的な気持ちは、足かせになるだけだと冷静なわたしが頭の中で言ったような気がした。現実の世界は一つだけしかない。彼女はもういない。わたしにあるのは、彼女のもういなくなった、この世界だけなのだ。

 

 

思い出さなければならない。思い出そう。彼女の事を。彼女はわたしに何を遺してくれたのだろう。彼女の死のなかに、死のなかにですら、いや、死の中にこそ希望を見出さなくてはと思っている。わたしという人間はそうしないと前へ進めないのだ。自分のこれまでの感情処理において未来への希望が一歩を踏み出せるエネルギーになると、この重い重い最大静止摩擦力にはこの出来事における『意味』がないと事態は動いてゆかないと、そう感じている。彼女の自殺に意味を探すのではない。これから『わたしが』生きていくなかで、彼女の死を『どう処理するか』、その過程のなかで何らかの生きていく意味を見出していくのだ。

世界は生きている人のためにある。希望も慰めも、生きている人のためのものだ。悲しみや絶望ですら、生きている人間の特権だ。時は流れる。悲しみは、川の流れのように過ぎ行く時間のなかで、流され、薄まり、やがて気配だけ残して消し去ってゆく。しかし例えそうだとしても、わたしたちが抱える悲しみはひとつではない、悲しみが浄化される前に、新たなよどみが川に生まれ、その浄化作業に追われる。そうしてあらゆる悲しみがまるでパレットの上のマーブル色をした絵の具のように、絵筆でかき回すたびに、徐々に混ざる悲しみは黒い色を帯びていくのだ、初めの悲しみの色はもう跡形もなく、ただどす黒くなった絵の具をひたすらグレーにしてゆく作業に追われてゆく。初めは、ひとつの色だった。青色をした悲しみは、澄んだ水に溶かされて水色になり、徐々に透明になってゆき、宝石を溶かしたようなエメラルドグリーンになってゆき、過ぎれば綺麗な思い出だったな、と思うはずなのだ。そういうイメージだったのに、いつのまにか遅くなってゆく浄化はあらゆる色の悲しみを混ぜ込むようになってしまい、浄化のイメージは黒い色になってしまった。彼女への悲しみは、何色をしているのだろう。赤色だろうか。鮮血のような赤だろうか。ルビーのような、透き通った赤。色白の彼女の頬によく似合う、赤色。この色は、混とんとしたわたしの悲しみのパレットの放り込みたくないと、そう強く思う。こんな所に入れてしまえば、儚い彼女は、すぐにでも消えてしまいそうなのだ。この赤を、消したくはない。

 

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日記はここで終わっている。

この出来事は、

(独白) - 世界を食べたキミは無敵。

この出来事とオーバーラップしているというか、同一スペクトラムに存在する出来事であり、わたしのなかでどうしようもない深く重い出来事として心の中に存在し続けることとなった。こんなこと、誰にも話せなかった。他人にわたしの気持ちを理解してもらうのは難しいことだろうなと思っていたし、話題として重すぎた。ただ、日々仕事をするなかで、『まるっきり他人の命を救うこと』の連続のなかで、わたしのなかのわたし1が、『お前の大切なひとも救えずに、何を偉そうなことをしている』と責めた。わたしのなかのわたし2は、何も答えることができなかった。仕事は仕事であり、決して意味のないことをしているとは思わないし、思いたくなかった。ただ、その時の自分にはその資格が無くなってしまったように感じたし、モチベーションを保つことが少しずつ難しくなっていった。いったいわたしは何をしているのだろうか、誰を助けたいのだろうか、誰を救うための仕事なのだろうか。

そうこうしているうちに、仕事が出来なくなってしまったのだった。

 

けれど、ここから這い上がらなくてはならない。悲しみの増幅というのは、自分の心がしていることであり、自分で自分の首をしめる行為なのだ。こんなことをしていたら、彼女はきっと悲しむだろう。わたしが泣いて悲しみに打ちひしがれているのを、天国から彼女は困って見ている事だろう。忘れるのではなく、この悲しみと、折り合いをつけること。浄化作業と、希望をみつけること。この世界で。この綺麗な世界で。きっといつか、自分にとって大きな糧になると信じたい。