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世界を食べたキミは無敵。

小さい頃おいしゃさんごっこをして遊んでいて、いつか大人になってもずっと続けている、そんな人生

紫陽花の咲く季節

紫陽花の咲く季節になると思い出す男がいる。芳弘の事だ。彼は私の付き合った中で、唯一の年下の彼氏だった。彼は年下を武器に私に何でも言いたいことをいって甘えた。

ある日の午後、私たちはカフェのオープンテラスでコーヒーを飲んでいた。私はブラック、彼はシロップを3つ入れた甘いコーヒーだった。煙草を取り出そうとしていた手を止めて、突然、彼が言った。


『倫子さんって紫陽花に似ているよね。』


そう言って彼の見つめる視線の先には、紫陽花が少しくすんだ青色を放って咲いていた。私は聞いた。


『それってどういう意味。褒め言葉と受け取っていいの。』


彼は腰のポケットからひしゃげた煙草ケースを取り出して、ヴァージニアスリムを一本抜きとって言った。


『紫陽花ってたくさんの小さな花が集まってひとつの大きな花を作ってるでしょう。そんなところが倫子さんに似ているよ。』


『それって』


どういう意味なのか、私は3秒位考えた。


『優しい倫子さんだったり怖い倫子さんだったりお母さんみたいな倫子さんだったり妹みたいな倫子さんだったり、沢山の倫子さんが集まって1人の倫子さんを作ってるんだなぁと思うんだ。』


と彼は言わずに


『倫子さんは首から沢山の頭が生えているように見える』


と言った。


私は頭の中で、首からろくろ首の様に自分の顔が生えている所を想像して不気味な気持ちになった。何だか気味が悪い。


『芳弘さんあなたはなめくじに似ているわ。』


『それってどういう意味だい。カタツムリじゃないのかい。』


彼はヴァージニアスリムに、豹柄の趣味の悪いライターで火を付けながら聞いてきた。


『だって、あなた、何も背負ってないじゃない。』


だって、あなた、何も背負ってないじゃない。だって、あなた、何も背負ってないじゃない。言っているうちに、ポロポロ涙が零れてきた。いつの間にか、外は雨が降っていた。


という話を、湯布院を散歩していたときに思いついたので書きました。紫陽花に限らず、花は遠くから眺めているのが綺麗だと思う。近くで見るとちょっとグロテスク。いつか読んだ漫画に花は剥き出しの生殖器だと書かれていたが、それを見て以来私は花をそういう目で見るようになってしまった。